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2004年11月03日
金印勅書Bulla Aurea(4)
2004年11月03日
金印勅書Bulla Aurea(4)
その4です。今のところ、ちょっとしたメモ程度。
金印勅書第一章の第三項(来駕Geleitし帰還する者たちへの食料品等の売買について)冒頭において、
Decernentes insuper et mandantes, ut...
zit.Weinrich, S.322.
というくだりがあります。
decernentesもmandantesも「現在能動分詞 decernens/mandansの複数主格あるいは対格」であり、はたらきとしては形容詞あるいは名詞であると考えられます。となるとこの文章には動詞の姿が見えないことになりますが、Decernentes sumus insuper et mandantes,ut... 「さらに余は以下のように宣言し命ずる…」と、動詞sumが略された述部であると考えておくことにしてみます。他の項目が普通にDecernimus et...と動詞で述語構成されていることを考えると、何か特別なニュアンスがあるのかも?と考えてしまいますけれども。
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2004年10月26日
金印勅書Bulla Aurea(3)
その3です。今のところ、ちょっとしたメモ程度。
金印勅書第一章は「選帝侯の来駕Geleitに関して」。金印勅書への印象に強い影響を与えている、皇帝を選定する選帝侯たちが集う際の安全規定条項に関する章です。 Geleitという語は一般的には「護送」という訳語が与えられており、ひとが移動する際に約束されたり異動するエリアの者に対し規定されたりする安全・平和条項と言えます。
その第一章の第二項(通行エリアの世俗諸侯・貴族その他に向けての、上記の来駕に関する禁止・規定条項)において、
Et eosdem, quos ipso facto exhunc prout extunc omni iure privamus, deinceps cuilibet hominum auctoritate propria et sine iudicio seu invocatione magistratus cuiuslibet impune licebit invadere,...
zit.Weinrich, S.322.
というくだりがあります。
来駕し通過してゆく選帝侯およびその代理たる施設たちに危害を加えたりすることのないよう定めた上で、それに反したものに対しては帝国からの封その他の特権を剥奪し、「法の外におく」ものとしています。この「法の外にお」かれたものに対しては、誰でもが「magistratusの判断や審判を必要とすることなく、罰せられることもなしに攻撃することができる」と言っています。
ここでメモしておきたいのは、引用文中および訳語中のmagistratusです。
この語はしばしば近世に入ってから、Obrigkeitつまり「お上」という訳語に引き寄せられてきています。この「お上」という語感に関しては、日本でもドイツでも近いニュアンスを持っていると思われるのですが…金印勅書が公布された14世紀後半の時点で、このmagistrat=お上、というニュアンスが一致していたかどうかは、実はよくわかっていないかもしれません。
magistratはラテン語では一般的に「役所、役人」を意味しており、これがそのままストレートに「お上」という権威的なイメージにまで結びつくかどうかは不透明なままです。ですので引用元のWeinrichも、またA.Buschmann, Kaiser und Reich. 2.Aufl. S.112.も「所轄のAmtmann/Behörde」というニュートラルな訳語を宛てています。「ドイツ法用語辞典」では、「お上」としてのmagistratusも、「役所、役人」としてのmagistratusも、その頻出は15世紀も後半にはいってからと見ています。このニュアンスをどちら側に確定できるのでしょうか?
参考
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2004年10月11日
金印勅書Bulla Aurea(2)
その2です。
金印勅書には前文がつけられており、韻文のような部分と散文(法的な証書等に付されているArengaと類似した文章)があります。今回はそのうちの韻文部分に関するメモ。
この前文は主へ祈りを捧げ、地上で平和が破られることなく続き、皇帝カール(4世)がそれを護ることができるよう助力を願うという内容になっています。その冒頭は
Omnipotens eterne deus, spes unica mundi,
Qui celi fabricator ades, qui conditor orbis,
Tu populi memor esto tui....
zit.Weinrich, S.314.
との書き出しで始まっています。訳すと
「おお全能なる主よ、地におけるただひとつの希望よ、
天の創造主よ、世界の創設者よ、
あなたがあなたの人々の記憶にとどまりますように。…」
となります。訳文の前二つは引用であることがわかっており、引用したWeinrichやエアランゲン歴史学会によるならば、これはセドゥリウスの「復活祭祈祷文」Sedulius, Carmen Paschalisから取られている(I. 60-.)ということになります。セドゥリウスは5世紀の詩人で、上述の書のなかでは旧約・新約聖書を要約しています。
さてこのことから、この韻文部分が祈祷文の性格を持っていること、詩編に類似した形式に則っているらしいと言うことが推測されます。
また(ここからは完全に見込み・仮説でしかないのですが)、この韻文が祈祷文としてミサで用いられるのと類似の形式に従っているのだとすれば、この韻文の内容・形式(とくに歌い出し)は、ミサの祈祷文がしたがっている諸種の規則(文章が制定された期日、歌われるべき内容)に、自らもしたがっている可能性を考えることができるかもしれません。
例えば、聖母アンティフォナは(1年を4期に分けて、それぞれの季節にのっとった歌い出しがなされる歌です)、「三位一体主日の第一晩課から待降節第一主日前の土曜の九時まで」の期間において、祈祷文は次のように始まるようです:
Omnipotens sempiterne deus qui gloriosae全能にして永遠の神よ…。
zit.ハーパー『中世キリスト教の典礼と音楽』教文館、2000年。 203頁
単なる偶然の一致なのかもしれません。しかし、金印勅書のこの前文を含む部分が公布されたのは「1356年1月10日」のニュルンベルク議会において、です。そしてこの日は「三位一体主日の第一晩課から待降節第一主日前の土曜の九時まで」に含まれているようです…。
ミサ文形成のしくみについてはまったく無知なのですが、このような視点も存在する可能性があるということをメモしておきます(自分用メモかも)。
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2004年09月23日
金印勅書Bulla Aurea
その1。
神聖ローマ皇帝カール4世が1356年に出した帝国法。文書の印章に黄金が用いられていたところから、この名がある。
多くは13世紀以来の慣行の成文化であるが、帝国国制の整備上きわめて重要な意味を持つ勅書である。
(『山川世界史小辞典 改訂新版』世界史小辞典編集委員会編、山川出版社。2004年、187頁)
ちなみに「勅書」という訳語の原語はbulla(中世ラテン)ですが、「勅書」という語そのものの意味はこちら(Goo辞書)。天皇の命令である文書と比較して、西洋の王・教皇の命令である文書を指した呼称であるといえます。
世界史の教科書で「金印勅書」というと、上記の1356年カール4世の発した文書の印章に黄金が用いられてい
る文書を指すわけですが、黄金印章というのは必ずしもこの文書のオリジナルではありません。そもそも、黄金印章というのは「金あるいは金メッキした銀を用いて作成された印章」のことで、この印章が付された文書が「金印勅書」と言われます。そもそも黄金印章とは、西洋の数ある印章のうち、特に国王(そして教皇)のみが使用することが許されていたものであり、黄金印章が付された文書はすなわち国王(教皇)の発した文書、すなわち「勅書」なのです。
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